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松江地方裁判所 昭和56年(わ)5号 判決 1982年2月02日

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中二五〇日を右刑に算入する。

押収している願書一通(昭和五六年押第一三号の一八)の偽造部分、印鑑一個(同号の二〇)を没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三五年一二月中島正と婚姻の届出をし、翌三六年二月二六日長女昌代をもうけ、肩書住居で主婦として平穏に暮していたが、昭和四五年ごろから松江市内で相次いで飲食店を開店するようになり、昭和五〇年ごろから、そのかたわら手形ブローカー的な仕事に手を出し、右開店資金の借入や手形取引などにより次第に借財を重ね、昭和五一年に始めた洗剤販売も失敗して多額の負債を抱えるようになつたものであるところ、

第一  <省略>

第二  溺愛していた一人娘である前記昌代が、同年<注昭和五五年>七月ごろから勝手に男性と交際を始め、一時は家出をするなどの振舞をし、再三にわたりその交際をやめるよう注意しても、これを聞き入れないばかりか、遂には交際にあくまで反対するなら親が口出すことではないから家出してしまう、中島家は継がないと強く反抗されたため、同女に対する憎しみの情をつのらせる一方、経済的に困窮し自宅買戻しなどに苦慮していたことから、この際一思いに同女を殺害し、あわよくば同女が病死したもののように見せかけて、その生命保険金を入手しようと考え、同女を殺害することを決意し、知人の木村兼郎が相当額の借金を抱えていることから、同人なら礼金目当てに娘殺害の実行を引き受けてくれるかも知れないと思い、同年九月末ごろから一〇月初めごろにかけて二回にわたり松江市浜乃木町一〇六六番地引地ビル三―六の同人方等において、同人に対し、「娘がいうことを聞かないで困つている。うちの娘には泣かされてばかりいる。娘を楽に死なせてやりたいんだがあんたやつてくれないか。実行してもらえばあんたが困らないぐらいのことは面倒みる。」旨持ちかけ、次いで同月一五日ごろ肩書自宅において、同人に対し生命保険証書を示しながら、「娘を殺してくれ。娘の口を塞いで鼻をつまめば窒息死する。後の始末は私が全部する。娘を殺してくれれば礼金は出す。」などと依頼し、更に同月二六日ごろの夕方ごろ、同人に対し、「今夜一二時ごろ実行してくれるか。」と電話で申し向け、右一連の働きかけにより同人をしてこれを承諾させ、その犯意のない木村兼郎に対し昌代殺害の決意を生じさせ、よつて同人をして、翌二七日ごろの午前零時二〇分ごろ、肩書自宅の二階洋間において、ベッドで就寝中の中島昌代に対し、やにわに所携のバスタオル(昭和五六年押第一三号の五)を同女の顔面に覆いかぶせて押し当てたり、濡れタオルをその鼻口部に押し当てるなどして同女を窒息死させようとしたが、同女が右バスタオルや濡タオルを両手につかみ、鼻口部から脱すなど抵抗したため未遂に終る犯行に至らせ、もつて殺人の教唆をしたがその目的は遂げなかつた

ものである。

(証拠の標目)<証略>

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、荒川悦秀の検察官に対する供述調書、司法警察員に対する供述調書謄本(以下前者を荒川検面調書、後者を荒川員面調書という)、録音テープ二本(昭和五六年押第一三号の二六、二七、以下前者を枕木山テープ、後者をリビドーテープという)、司法警察員作成の「録音テープ解読について」と題する書面二通、司法警察員及び司法巡査作成の各「録音テープの解読について」と題する書面は、いずれも違法に収集された証拠である等の理由により証拠能力がなく、また荒川検面調書は任意性も信用性もない旨主張するので、以下そのうちの主要な点について判断する。

まず、本件二本の録音テープが録音され松江警察署に提出された経緯並びに荒川検面調書及び同人の司法警察員に対する供述調書の作成について検討するに、証人木村兼郎、同佐原清、同岡田耕治の当公判廷における各供述、荒川悦秀作成の任意提出書、後記のとおり、いずれも証拠能力に欠けるところのない右二本の録音テープ、荒川検面調書を総合すると、(1)昭和五五年一二月七日ころ、木村兼郎から中島昌代殺害の協力方を依頼された佐原清が、同月九日ころ松江警察署に通報したことから、同署は被告人及び木村兼郎に対する捜査を開始し、同月一一日右木村を殺人予備罪で逮捕して取調べるとともに、同月一七日から被告人を任意で事情聴取したが、被告人は全てを否認した、(2)そこで同署は、同月一八日の取調べの際、右木村が佐原清のほか荒川悦秀に対しても右昌代殺害の協力方を依頼した旨供述したことに基き、同月二三日午前九時三〇分ごろ、杉原耕治巡査部長は荒川方に赴き、同所で同人から事情聴取をしたところ、荒川は右木村からの殺人依頼は否定したが、その際被告人が殺人の依頼をした模様を録音テープを誰かが持つている旨を告げ、杉原巡査部長は荒川に対し、右テープの所持者に協力してくれるように仲介方を依頼した、(3)同日午後二時のテレビ番組で右昌代が深夜襲われたことがあると発言したことから、同署は、昌代に右被害事実につき事情聴取すると同時に、木村に対して殺人未遂の実行行為につき取調べを行つてその自供を得、同月二七日に至り、木村を改めて殺人未遂の嫌疑で逮捕するとともに、否認をしている被告人を殺人未遂教唆の嫌疑で逮捕した、(4)これより先の同月二五日、荒川は同署を訪れ付近の喫茶店で右杉原に対し、木村が被告人の娘殺しに一回失敗していることなどが録音されているテープを所持している者が広島にいる、テレビ局はこれを高額で買つてくれるが警察はいくら出すかと情報の売り込みをし、右杉原はその旨を上司に報告した、(5)同月二八日、荒川から右杉原に電話があり、松江地方裁判所付近の喫茶店「リビドー」での面会を求めたため、杉原は、荒川が再度テープの売り込みにきたものと感じ、交渉の経緯を録音しておく必要があると考え、上司の許可を得て小型携帯用の録音機を持参し、右「リビドー」内における荒川との会話を録音したが、その際荒川は杉原に対し、「協力はしたいけどね」とか、「五万にしようか、五万、あんたのポケットマネー」などと申し向け、テープの提供料として五万円を強く要求した、(6)右杉原は荒川と別れたのち、直ちに上司に同人の要求を報告し、かつ同人との会話を収録したテープ(リビドーテープ)の保管方を同僚に依頼した、(7)同月二九日午条八時三〇分ごろ、荒川から右杉原に対し、テープを持ち帰つたから渡すとの電話があり、杉原らは荘原町内のドライブイン付近で荒川から録音テープの任意提出を受けた(枕木山テープ)が、そのときになつて右テープを録音し所持していたのは荒川自身である旨告げられた、(8)杉原らは早速、持帰つた右枕木山テープを聞いたところ、被告人と荒川が昌代殺害の件をめぐり種々会話している内容が録音されており、初めて被告人と荒川との深いつながりが明らかになり、当時被告人は否認していたこともあつて右テープは証拠上重要なものであることがわかつたが、右テープのところどころが消去されているばかりか、テレビニュースの音楽やアナウンサーの話声、列車の通過音、荒川が被告人以外の女性と会話する声がふきこまれていたことなどが判明したため、松江警察署部補岡田清らは、荒川を参考人として取調べる必要があると判断し、翌三〇日午後一時三〇分ごろから同署に任意出頭を求め、右岡田において事情聴取したところ、荒川は、木村から娘殺害を依頼された経違、被告人が荒川に娘殺しを依頼した際の具体的状況の諸事実について具体的状況等の諸事実について具体的かつ詳細な供述をなすとともに、同月中旬、被告人から連絡を受けて枕木山へ赴いたとき、被告人との会話を自ら録音し、その後荒川自身において自己に不都合な部分を消去した旨をも供述したので、これらをメモにとり、供述調書の作成にとりかかつたが、同日午後四時過ぎごろ、「年末で忙しい、メモのとおりだからそれを調書にしておいてくれ、とにかく帰してくれんか」との荒川の申出があつたので、右岡田は上司と相談のうえ右申出をいれ、翌三一日午前一〇時ごろ、再び出頭して来た荒川に対し作成ずみの調書を読み聞かせてその署名押印を得た、(9)松江警察署は本件事案の重大性、右枕木山テープの証拠としての必要性から、右テープ提供に対する捜査協力費として荒川の要求どおり五万円を交付することもやむを得ないとし、右杉原は、同月三一日前記調書の完成後荒川に対し五万円を交付し、松江地方検察庁検察官は、翌五六年一月八日荒川に対し事情聴取を行い、その供述調書を作成のうえ署名押印を得た、(10)その後荒川が、枕木山テープは警察に頼まれて録音したなどと述べ、そのことが新聞などに報道されるため、右杉原は同年九月一八日、松江警察署に右リビトーテープを任意提出した、以上の事実が認められる。

ところで、証人荒川悦秀の当公判廷(第一二回)における供述(以下荒川証言という)中、警察官から依頼された録音機の代与を受けて被告人との会話を録音したとの供述は、右認定のとおり、修正された疑いのないリビドーテープ中の荒川の杉原に対する執拗な売り込み状況並びに証人杉原の当公判における供述(以下杉原証言という)に照らし到底措信できず、また荒川証言中、右枕木山テープを自ら一部消去したことはない旨の供述部分も、右枕木山テープ中多数の個所が消去され、その部分に右会話時とは明らかに異なる機会における荒川の話声が録音されていることに照らし、信用できない。さらに、荒川証言の、警察官から捜査に協力しなければ逮捕すると告げられたため、司法警察員続いて検察官に虚偽の供述をしたとの供述部分も、前記(3)、(4)、(5)で認定したとおり、昭和五五年一二月二三日午後の昌代のテレビの発言後、荒川自身が進んで前記杉原に対して枕木山テープの存在を打明け、これを高額で買取るよう要求した経緯及び杉原証言と対比して到底信用することはできず、従つて荒川検面調書は、逮捕されるかもしれないという畏怖状態の継続中に作成されたことを前提として、その任意性を否定する弁護人の主張は、右前提を欠くものであつて排斥を免れない。

次に、二本の録音テープであるが、枕判旨木山テープは主として荒川証言の弾劾のため、リビドーテープは専ら荒川証言の弾劾のため、それぞれ証拠として提出されたのであつて、犯罪事実認定の証拠とはなり得ないから、その意味での証拠能力は問題とならないけれども、右各テープの収集手続に重大な違法があれば、弾劾証拠としても許容されないと考えられるので、以下その証拠能力について判断する。本件各録音テープは、いずれも対話の一方当事者が相手方の同意のないまま対話を録音したものであるところ、かような手段による録音が明らかにされることによつて、同意しなかつた対話者の人格権がある程度侵害されるおそれが生ずることはいなめないが、いわゆる盗聴の場合とは異なり、対話者は相手方に対する関係では自己の供述を聞かれることを認めているのであつて、その証拠としての許容性はこれを一律に否定すべきではなく、録音の目的、対象、方法等の諸事情を総合し、その手続に重大な違法があるか否かを考慮して決定するのが相当である。これを本件についてみるに、前記認定のとおり枕木山テープは、一般人である荒川が自己の判断で被告人との山中での昌代殺害に関する会話を録音したもの、リビドーテープは、前記杉原が本件に関係があると思料されるテープを荒川が売り込んできたため、後日問題が生じた場合に備えて同人との喫茶店での会話を録音したものであり、いずれもその対象は犯罪に関したいわば公共の利害にかかわる事実であるうえ、本件各録音テープの内容に照らしても、録音者においてことさら相手方をおとし入れたり、誘導等により虚偽の供述を引き出そうとするなどの不当な目的を持つていたとは認められず、これに加えて、録音の場所、方法についても社会通念上格別非難されるようなものとは言えないことをも勘案すれば、本件各録音テープの録音の過程にその証拠能力を否定しなければならないほどの違法な点は存しないというべきである。なお枕木山テープについて付言すると、同テープは前認定のとおり荒川により一部消去されており、いわゆる編集されたテープというべく、そのため前後の脈絡をかえられて会話内容が作出されたおそれがあるが、一部消去された事実をもつて直ちに証拠能力を否定すべき重大な違法があるとはいいがたい。

そこで、さらに進んで、枕木山テープと前記認定の捜査協力費五万円との関係判旨を考察する。一般的に、捜査機関が捜査協力費の提供を条件に犯罪に関する情報や証拠を入手することは好ましいことではないが、すべての人が捜査に協力的であるともいえないことは事実であるから、捜査機関が証拠の提供を受けた後、その提供者に捜査協力費を交付した場合、それによつて得られた証拠能力については、捜査の段階、進展状況、捜査協力費の額、金員授受の状況及び経緯、証拠の種類等の諸事情を総合し、金員授受に捜査の公正を疑わせるに足るほど重大な違法があつたかどうかによつて決するのが相当と考える。ところで本件では、前認定の経過で右テープが荒川から任意提出され、その後五万円が右テープ提供に対する協力費として交付されたものであり、右五万円自体捜査協力費として社会通念上やや高額と思われるものの、前認定のとおり、荒川において執拗に高額の金員を要求したため松江警察署においてやむなくこれに応じたことは既に述べたところで、前記(8)で認定した当時の被告人に対する捜査状況、本件事案の特異性及び重大性、枕木山テープの証拠としての重要性並びに荒川の売り込みという特殊事情を考慮すれば、右金員交付は捜査遂行上やむを得ない措置として是認され、従つて枕木山テープの入手過程に違法の点はなく、右テープの証拠能力に欠ける点はない。

最後に荒川検面・同員面調書の証拠能力等について判断する(尤も荒川員面調書は荒川証言弾劾のためである)。まず荒川の司法警察員に対する供述調書は、前認定のとおり昭和五五年一二月三〇日の事情聴取後作成されたもので、その取調過程に違法を窺わせる点はなく、また任意性を疑わせる事実も認められず、荒川はその後捜査協力費名下に五万円を受け取つたが、それが枕木山テープ提供する謝礼であることは明らかであり、荒川において司法警察員に対し、右金員の交付を受けるべく不当に迎合して供述したとの事実も窺えないのであつて、右調書は証拠能力に欠けるところはなく、その謄本である荒川員面調書もまた同様である。而して荒川検面調書についてみても、その事情聴取及び作成過程に違法な点はなく、そのうえ検察官は金員の授受を知らなかつたと推認されるから、なおさらその証拠能力に欠ける点はない。さらに荒川検面調書の信用性について検討するに、本件事案に関する供述内容は、証人木村の当公判における供述、被告人の当公判定における供述や検察官に対する各供述調書と概ね符合しており、しかもその供述記載は極めて詳細かつ具体的で、荒川が直接体験した事実を供述したことが窺われるものであり、これらの点を考慮すればその信用性を肯認するに十分である。

以上の次第で、弁護人の主張はすべて採用できない。

(法令の適用)<省略>

(量刑の理由)<省略>

(横山武男 柴田秀樹 永室眞)

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